DAT山行計画

DAT 4月山行計画案内

4月9日(月) 大山:矢筈谷or三鈷峰北東ルンぜMK OOE
 
4月14日(土) 大山:桃源郷キャンプ MK オープン参加

4月15日(日) 大山:春の恵みを感じる山行 MK オープン参加

4月23日(月) 大山:甲川(予定MK OOE


オープン参加の山行 4/15残雪の桃源郷 6/17甲川キャニオリング 8/14・15甲川キャンプ&沢登り 10/21紅葉の藪漕ぎ矢筈谷&キノコ観察 12/16 初冬期の雪の輝き大山一の沢








2018年2月27日火曜日

2018 冬 大山北壁:弥山尾根西稜登攀

輝く別山
1月と2月の厳冬期は、仕事の事情で毎年忙しい。その中でも、毎年一回は登っておきたい弥山尾根西稜に向かった。体力と度胸だけで登っていた2,3年前が非常に恋しい。核心を抜けたあたりから、バテバテになった。20歩進んでは呼吸を整えるのに止まってしまう。肩で息をするようなことは、今まで一度もなかったのに情けない。とは言え、パートナーのOOEと最高にスッキリする山が久しぶりにできた。山に向かう相棒がいるということは、山をするものにとって、この上ない喜びと言える。お互いが切磋琢磨し研鑽し、山を通して学びあえることは、簡単なようで難しい。気難しい私は誰とでも簡単に仲良くなれるタイプではないが、今回の山を通して、心から信頼できる仲間がいることに、感謝の気持ちでいっぱいだ。何回も行ったルートにも、毎回新しい発見や感動がある。ましてや、初めて挑むルートを攻略できた時には、その感動はますます増幅し、日常では感じることのできない体験となる。DATのメンバーにも、大山を通じて体験したことのないような感動を味わってほしいと考えている。休みを合わせるのは大変だと思うが、第3日曜日の山行にはぜひ参加していただきたい。奥深い大山を通して、仲間の絆を深めてい行きたいと考えている。
雪焼けのOOE
このところ、気温が高く雪もすぐにグズグズする。できるだけ早く雪が締まった上を歩きたいので、08:00取り付きを目指す。取り付き直下は雪が緩いが、弥山沢にはデブリがありその上は固かった。北壁全体を観察すると、いたるところで雪崩の痕跡が確認できた。この弥山沢の雪崩も、前日の夕方に発生したものだと思われる。弥山沢、別山沢、8合沢の雪崩は夕方によく目撃する。十分に注意をしていただきたい。弥山沢を別山の横顔が見えるところまで上がり、そこから弥山尾根西稜に向かって直登する。上部は反り立っており、心細い灌木にビレイをとって尾根を乗り越す。雪の量は毎年この時期はこんなものだろうと思うが、雪に締りがない。雪質が悪くてピッケルが刺さらない。
もう少しで抜けるのだがズボズボ
いつもは何ともない所でも、ひやひやするようなクライミングになる。アイゼンの先は、かなり深い所で岩に当たっているような感じで、12月に行った北壁を思い出した。50mのロープを目一杯伸ばして5ピッチたっぷり楽しめた。尾根の上部は緩やかな傾斜だが、雪がズボズボはまって前に足が出ない。これは本当にきつかった。帰りは、7号尾根を越えたあたりから、高速シリセードで一気に元谷に滑り降りた。楽ちんで早い。寝そべって空を見ながら楽しかった。
デブリの上を歩く
一日たって、思い起こしながら記事を書いているが、ふくらはぎがパンパンだ。
歳かタバコか酒の影響か?いろんな理由はあるだろうが、体は必ず老いるし弱くなる。そうなっても楽しめる工夫や経験を生かして、これからも仲間たちと存分に大山を楽しんでいきたい。


2018年2月20日火曜日

2018冬 下蒜山

ここ2週ばかり天気に見放されていましたが、久々に山に登れました。先週は天気の悪い中カラスに行きましたが、全く視界が悪く車で待機してましたが、良くなるどころか悪くなり帰宅しました。今回は先週のリベンジでカラスに向かいましたが、道中下蒜山が曇りながら綺麗に見え、予定変更で登って来ました。雪もやはり今年も少なく登り初めの階段は雪が解けて氷になり登りにくかった。しかし行きかう人も無く静かでのんびりとすることが出来。ベンチに腰掛け、食事をとりその後歩いては振り返り、歩いては周りを見るなどして、静かで気持ちの安らぐ良い山で、ここ最近忘れていた山旅でした。(2月19日)


2018年1月23日火曜日

2018 大山:雪訓 上宝珠練習ルンゼ 



大山北壁を元谷から眺める
2018.01.22 今年の大山は早くから雪があり、1月は楽しめると思っていた。この朝の大山は、まるで残雪期の様である。あまり雪が降ってないようで、皆が北壁へのモチベーションが上がらないのも仕方ない。しかし、固い雪質が雪訓に適しているため、2月に備えようと山行の内容を変更した。米子から上がると博労座までは雪がなく、南光河原の駐車場も雪がなかった。

ついでに、トイレも建て替えで無くなっている。冬靴でカタンカタンと音を立てながら、大神山神社まで進む。石敷きの参道は階段まで雪がなく、壮麗な社殿の屋根には雪がついていなかった。元谷から上宝珠沢までも雪が締まって歩きやすく、岩肌が見えているところもあった。大屏風岩を下から眺め、登攀装備を着用しOOEとADAがアンザイレンする。私はフリーで上がったり下がったりして助言した。
7ピッチ刻んでルンゼを抜けるとユートピア小屋がすぐそこに見えた。ユートピア小屋で積雪期に寝たことがなかったので、今度行ってみようとか考えながら眺めた。振り返れば、モノトーンのコントラストが効いた北壁が、手招きしているようにも見えた。その姿は美しく、モチベーションも上がってきた。OOEもADAも、雪訓の成果を感じ、しっかり理解できたようだった。帰りは、肩がらみの懸垂下降で降りて、途中から滑落停止訓練をして下まで降りた。寒波の始まりがやってきたようで、私たちのトレースは消えていた。車の中で、反省会をして、次回までにお互いが復習をしてくることを約束して今回の山行を終了した。
みんなおじさんだから、無理しないで楽しくやれればいいと思っているが、今回のような雪訓や北壁登攀は別。大きな声を出し続けて喉が枯れた。
命を預けたり預かったりするわけだから、特に真剣にしないといけない。

2018年1月5日金曜日

2018冬 新春の烏ケ山&BC

左の中心部に尾根を登る3人がいる
2018.01.04
 新年の山行に行くなら、普通は大山なのだろう。だが、新年こそ大山を眺め、思い思いに大山に対峙する思いを募らせるのもよいかと思う。今回はYHも広島から参加してくれた。ゆるい西高東低の空模様は、はっきりしない。時折見せる疑似好天が麓から南方のピークを照らし出してくれた。山頂でもう一度、景色が広がることに期待しながら樹林を進む。スノーシューのOOEを先導にYHが続き、ワカンのADA、山スキーのMK、スプリットボードのYMが新小屋峠のルートを進んでいく。前日に降った新雪が20センチくらい積もっており、ふわふわしながら黙々と上がっていく。先日の大休峠への藪漕ぎスキーツアーとは違い、快適な尾根の登りが続く。BC3回目のYMは慣れない山行でも怯むことなく根性で登ってきてくれた。ボードの滑降は、もう少し積雪が増して藪が少なくなってからのほうが、本領を発揮できるのかもしれない。スキーは、全然問題なくBCが楽しめると思う。PH組のOOEたちは、難所で立ち往生している。あそこはラッセルが大変で、スノーシューでは登れない。ツボ足にしても、腰まで埋まって上がれる気がしない。天候はどんどん崩れていくが、必死に登る姿はかっこよかった。主尾根を乗り越したのを見届けて、パウダースノーをヘボなスキーで降りて行った。ヘボでも上手くなったかのような抜群の雪質で、ふわふわ空中を飛んでいるかのようだった。
雪庇が連なる
YMがしょっぱい雪を噛んでるのをみて、失礼とは思いながらも、極力、明るく笑いかけるようにした。悔しそうな顔が見て取れたが、彼はガッツがあるので、すぐに仕返しされることになるだろう。そのまま、道路までスキーで滑り駐車場に着いた。YMの姿は後方に見えていたが、ザックに板を括り付け、ツボ足で上がるスピードは相当速い。スプリットボードの登りに、何かもう一つコツが必要なのか、スキンの性能を上げるのか、何かはわからないが、彼がそれを使いまわせるようになった時には、相当厳しい山に連れていかれそうで楽しみである。15:00、OOEの先導でADA、YHも疲労感を見せず全員無事に下山し、新年の山行を楽しむことができた。全員がおじさんだが、老眼のその奥にキラキラした少年の輝きを持っている。これからも、DATの仲間の絆を深めていきたい。

2018冬 大休峠夜間雪中行軍

2017.12.30~31
大休峠への夜間雪中行軍は、今回で3回目となった。12月31日はTの祥月命日であり、特別な思いをもってこの山行に臨んだ。大休峠での思い出や思い入れは、それぞれにたくさんあると思うが、私にもある。その思いを、この山行を全うすることで、Tへの感謝の気持ちと、仲間の安全登山を見守っていただきたいという祈りを、捧げさせていただいた。12月30日に私の仕事を終えてから、簡単な鍋料理の具材とシングルモルト、そして雪で割るグレーンウイスキーを一本用意して香取を出発した。月明かりにブナの木が照らされ、雪の上に影が映る。風もなく音もなく、青黒く映る影の上を踏みしめながら、ブナの樹林を潜り抜けていく。夜間雪中行軍の難しさは、周りの景色が視界に入らないことだ。ピンクテープの存在もまったくその役割を果たさない。中国自然歩道とGPSだけを頼りにしていけるような山ではない。足の裏に感じる地形と、幾度となく現れる小さな谷を渡渉するスキル、大休峠避難小屋の位置を地図上で見失わないよう現在地を同定する読図の経験が必要だ。今回、初めてのスキーツアーとなるYMが、この山行のパートナーになってくれた。スキーツアーは体力もさることながら、状況に応じた対応力が必要となる。慣れればなんてことないが、そうなるまでに何度しょっぱい雪を噛んだことか数えきれない。ルーティーンというか所作というかを、実践において何度も積み重ねて体得するしか方法はない。大谷を前にして、スプリットボードの彼は体力を消耗していた。大谷を登り始めたとき、急な斜度と藪を回避して上部から途中ツボ足に切り替えて大谷を上がった。ここからは、中国自然歩道に沿って避難小屋まで行くと簡単なのだが、大谷の直登でルートを外すと夜間は簡単に戻すことができない。上り下りを繰り返し、無駄に体力を消耗させるよりも、高度を落とさずトラバースして、野田の尾根まで進むのが賢明である。先ほどまで明るかった月の明かりは山に隠れ、闇夜に突き出る藪が行く手を阻む。小さな谷を何度も渡渉し香取を出発してから6時間半後の、23:30大休峠避難小屋に到着した。
雪が少ない分だけ藪が多く、YMに厳しい山を経験させてしまったようにも思ったが、真夜中の大山に対峙する彼の熱意が伝わり、とても嬉しかった。もっとスマートで、ファッショナブルで、花のある山行が数多くある中、真夜中に雪に埋もれて藪を漕ぐ今回の山行に付き合ってくれて感謝の気持ちしかない。雪で割った知多を酌み交わし、ホルモン鍋をつついた。雪を溶かして湯たんぽを作り、シュラフに入れたとたんに眠ってしまった。翌朝下山し、Tの墓前に近況の報告を行い手を合わせた。Tとの思い出の跡に、OOE、YM、ADA達や仲間との山の思い出がたくさんできてきた。MRの紹介で出合ったTGとの新しい試みも、たくさんの仲間の支援のおかげで、大きな事業へと成長していくと確信している。新しい自分たちの山を心から楽しみながら、お世話になった皆様方への感謝の気持ちは忘れず、大山にDATのトレースを刻んでいきたい。

2017年12月21日木曜日

2017冬 大山:大の沢ラッセル

2017.12.18(月)
初冬期のフカフカした雪の季節には、大休峠や野田ケ山、大山北尾根や七合尾根のラッセル山行を経験してきたが、体力を消耗する長い山行になりきつい。楽しいのは、せいぜい行き始めた頃で、1,2回で飽きるという人もいるかもしれない。私は長いラッセルが苦手だ。このラッセルを外して、しかも、BCではないルートを選定するのには、いつも難儀する。この季節、ラッセルがなくて済むのは夏山登山道なのだが、人も多く登る気にならない。できればスキー場でリフトに乗って快適に過ごしたいと頭の片隅にあるのも事実だ。しかし、OOEやADA達、深い絆で繋がれた山仲間と一緒に過ごす時間に勝るものはないのである。ということで、体力に不安もあるが、逃れられないラッセルということならば、果敢に深雪に挑もうじゃないか!という意気込みで計画を立て、雪の柔らかく吹き溜まる大の沢に挑むことにした。積雪は膝上くらいでも、斜度が増すと腰まで埋まる。汗と解けた雪でザックまで濡れた。風の強い森林限界を超えると、ジャケットの内側も凍ってしまう。いつもよりも寒さを感じる雪だった。ガスで景色の見えない世界に虚しい努力を感じ、頬を叩く氷の痛みが、冷たさで鈍感になった。今回の山行はADAが久しぶりに同行してくれた。大山のラッセルは初めてのようで厳しい表情が続いた。ルームランナーを走るように変わらない景色を、牛歩のように歩み続けて6時間。高度はまだ1330mだった。体力に不安があり、停滞する時間が多かった為、先頭は指先にしびれを感じ、体も冷えていた。体温を上げるために登ると差が開き、登ってくるのを待つと体温が下がる。これを繰り返すと低体温症になり危険だ。山頂までは行きたいという気持ちは強かったが、提出した登山計画に2時間の遅れが生じていた。この雪質なら、メンバーの体力も限界も近いだろうと思った。久しぶりの撤退だった。安全に下山できる判断ができたことは良かったと思っている。しかし、大山においては、安易に撤退すべきではないとも思っている。そもそも、撤退するような登山計画を立てることが間違いであり、撤退ありきで山行を実施することは、もってのほかだと思っている。
不確定要素の高い所は、メンバーの技量をよく見つめて、チームの総合的な登山力に応じた計画が必要だ。個人山行においても同じで、自身の登山力に応じた山行計画を立てることが感じだと思う。登山力とは、計画と実践を繰り返して行う経験の積み重ねと言えるかもしれない。練りに練った登山計画に沿った山行を行うことができるようになると、安全に、新しいルートに挑むことができると思う。私たちも若くはなくなった。でもまだ、もう少しやれるとも思っている。登山計画を綿密に立て、モラルと強い自制の心をもって、大山に対峙してまいりたいと思っている。

2017冬 大山:私が想う冬の大山

 
12月初冬の大山南壁
12月17日に、大山避難小屋付近にて32歳の若い青年が遭難死したことに、心よりお悔みを申し上げたい。若く尊い命が失われたことが残念でならない。彼に助言する者が周りにいなかったのか、それとも、彼が素直に受け入れる心を持とうとしなかったのか。一言でも助言する者が居て、それを受け入れる心があれば、このようなケースの遭難は未然に防げていたと思う。コミュニケーションツールの発達によって、対話というコミュニケーションは衰退しているように思う。WEBに公開される情報は、都合よく切り取って自己解釈でき、遭難要素を自身の中で育んでいく。私は今回とは違う遭難者と、何度か遭遇したことがある。全員がWEBの情報を鵜呑みにし、また、誤解し、そして自分を過信している登山者ばかりだった。烏滸がましく思われて当然だが、WEB上での散乱した情報が、若い青年たちを遭難へと誘引しているように感じている。体力に自信があり、冒険心を抱く若者は、山岳会等に所属する経験者に直接指導を受け、対話と実践によって正しい経験を積み重ねてほしいと切に願う。今回の遭難死亡事故に至る原因は、危険な冬の大山に適さない装備で向かったことが、大きな原因の一つと考えられる。冬の大山がどのように危険なのか、その一例を述べたいと思う。大山の頂上台地は植生保護のため木道が設置されており、積雪期には木道と植生の境界が判断しにくい状態になる。ルートの案内板は厚い雪で覆われ役割を果たせない。避難小屋より約100m下がったところに分岐がある。大山の経験が浅い登山者は、登りの時、そこに分岐があることに気づくものは少ない。避難小屋から来た道を下山する時は、その分岐を右に行かねばならないが、誤って石室方面へまっすぐ進むと、遭難する危険が大きく増す。石室方面への木道は踏み外して落下すると、這い上がるのに苦労する。重いザックが邪魔をして、手をついても緩い雪に埋まり、体を起き上がらせるだけでも体力を消耗する。たとえるなら、体と同じ大きさの井戸に頭から落ち込み、そこから力づくで這い上がるような、そんな苦しさである。もがいて何とか這い上がり、2歩3歩進んで、また落下する。これを-10℃以下のホワイトアウトの中で何度も繰り返すと、だんだんと生きていく気力が失われてくる。体を休めるために停滞すると、汗が凍り体を急激に冷やす。体温が下がり体の動きが鈍くなる。指先は痺れるように感覚がなくなり握る手に力は入らない。腕の力も消耗して、自分の体を引き上げられなくなる。体が完全に動かなくることで、体温はますます低下し思考が停まりそうになる。つい30分前までは元気でそこにいたはずなのに、絶体絶命の絶望的なピンチの中に取り残されてしまう。そこから脱出し生きて帰るか、それとも尊い命を絶つのかは、知識と経験に基づく自身の登山力によって大きく変わる。ツェルトの中で暖をとる経験があれば、それを実践し助かるだろう。読図ができGPSで現在地を同定し帰路を定める経験があれば助かるだろう。木道から落ちても、ザックを外して足場を作り、空身で上がる経験があれば助かるだろう。山の怖さは突然やってくる。山の掟を無視する者にも守るものにも、牙をむき壮絶な自然の力でもって命を奪いにくる。これが冬の大山の日常なのだ。彼が、このことを知っていて尚、軽装で大山に挑んだとしても、私は彼を非難する気にならない。暖かい所で安らかに眠っていただきたいと、ただ、心から祈る。本意ではないかもしれないが、これから大山に挑もうとする登山者への大きな教訓となったことは間違いない。彼の無念さを自分の魂に溶かし込み、モラルと強い自制の心をもって大山と対峙してまいりたいと思う。